『残り全部バケーション』 伊坂 幸太郎

評価:
伊坂 幸太郎
集英社
¥ 1,512
(2012-12-05)

『残り全部バケーション』、『タキオン作戦』、『検問』、『小さな兵隊』、『飛べても8分』。溝口&岡田、軽妙な裏稼業コンビが織りなす連作短篇集。

いけないことを生業としている人たちなのに、どんどん魅了されていく不思議・・・。
岡田のさりげないひと言や思いきった行動にはいつもあたたかなものが流れていて、やっていることはけっしてほめられたものじゃなくてもハートに一本すじが通っている・・・そんな彼のことを知れば知るほど好きになっていた私です。
先輩の溝口さんも、口ではいろいろ言いつつも、知らず知らず岡田に心を動かされているのが分かるから読んでいて心地よかった。『飛べても8分』の恰好いい溝口さんは少なからず岡田の影響・・・そう思うと、ふつふつふつ・・と胸の奥にわいてくる、小さな勇気を感じます。

悪党が根っからのワルじゃないところ、にんまりしてしまう弾むような会話・・・そしてちょっとしたエピソードや人物などがことごとく伏線となりつながっていくのも「伊坂さんの小説はこうでなくちゃ!」って思えてうれしくなりました。
思わせぶりなエンディングは、まるでおしゃれな映画のワンシーンみたい。
情に厚く、すてきに愉快な悪党たち――またいつか溝口&岡田コンビに再会したい!

「いいか、飛んでも八分、歩けば十分、メールは一瞬。だとしても、飛べるなら飛ぶべきだ。」
Author: ことり
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『夜の国のクーパー』 伊坂 幸太郎

評価:
伊坂 幸太郎
東京創元社
¥ 1,680
(2012-05-30)

この国は戦争に負けたのだそうだ。占領軍の先発隊がやってきて、町の人間はそわそわ、おどおどしている。はるか昔にも鉄国に負けたらしいけれど、戦争に負けるのがどういうことなのか、町の人間は経験がないからわからない。人間より寿命が短いのだから、猫の僕だって当然わからない――。これは猫と戦争と、そして何より、世界の理のおはなし。
伊坂幸太郎が放つ、10作目の書き下ろし長編。

猫のトム君が漂流者の「私」に語ってくれる、猫からみた人間たちの戦争。
釣り舟に乗っていたはずの「私」が目覚めると――、からだは縛られ草叢に横たわり、胸のうえでは猫がおしゃべり!とびきりファンタスティックなお話です。
ある小さな国の歴史と現在、謎めいたクーパーの兵士の伝説・・・トム君の口からとび出すのは荒唐無稽なできごとばかり。人間たちの国をめぐる愚かな戦いに、人間と猫の関係、さらには猫と鼠の関係が投影されてゆきます。
猫には猫の、鼠には鼠の哲学や言い分があるのが愉快だし、読みどころです。
「自分たちが当然だと思っていることは、本当に当然なのか?運命だと諦めてきた役割は、本当に変更ができないものなのか。大雨や暴風をやり過ごすように、私たちに降りかかる不幸は、やり過ごすほかないのか。いや、そうじゃない。可能性はないわけではない。」

ファンタジーの世界に‘妻に浮気をされた、株取引が趣味の公務員’を漂流させることで、フワフワした心地にリアリティが加わるところがとっても心憎い。
寓話、という点でも、『短くて恐ろしいフィルの時代』(ジョージ・ソーンダーズ)を彷彿させる物語でした。伊坂さんの小説だと、『オーデュボンの祈り』とか、あと『ブックモビール』(『仙台ぐらし』所収)にも共通項がある感じ。
Author: ことり
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『仙台ぐらし』 伊坂 幸太郎

評価:
伊坂 幸太郎
荒蝦夷
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(2012-02)

「多すぎる」をテーマに書かれた楽しい仙台エッセイと、東日本大震災後のエッセイ、震災後の石巻を舞台にした短篇小説『ブックモビール』が収録されている一冊。

地元愛にみちた、伊坂さんの人柄あふれる文章。なんだかとても癒されました。
少し(?)心配性なところや勘違いしてどきどきしてしまうところ、奥様とかわす素敵な会話・・・ほほえましくて、くすりと笑みがこぼれます。
震災前と震災後が本のなかでくっきりと区切られているので、やはりなにかが決定的に変わってしまった、そんな空気を感じずにはいられないのですが、伊坂さんの思いがしみしみと伝わって、力づけられるぶぶんも大きかったです。

「僕は、楽しい話を書きたい。」
震災後、作家としての立ち場をつづった『震災のこと』をしめくくる一文です。
「楽しい話」――。いいな、頼もしいな、そう思いました。
私自身、あのころなるべく情報をシャットアウトして、「いつもどおりに、いつもどおりに」って呪文のようにつぶやきながら小説の世界に逃げこんだことを思い出します。不安でいっぱいの私をひととき現実から遠ざけてくれたのは、日常の延長のような物語ではなくて、(上質な)海外ミステリーだったことも。
もちろん、ほんとうに現実から逃れることなんてできないのだけど、小説を夢中で読むことで気持ちの均衡をたもっていたところが、たしかにあったから・・・。
最後に収められている短篇は、かなしい状況のなかでも爽やかで夢があって、未来があって、とてもよかったです。
Author: ことり
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『PK』 伊坂 幸太郎

PK
評価:
伊坂 幸太郎
講談社
¥ 1,260
(2012-03-08)

おもしろい!恰好いい!・・・でもなんて混沌と入り乱れたお話でしょうか。
時系列に脈絡がないなかで、ほんの小さなことがつぎつぎ繋がっていくものだから、じっくり読まないと置いていかれそうになります。そしてそれでも最後まで分からないぶぶんもちらほらあって・・・。はあ、SFって、ややこしい。

『PK』
PK戦での小津選手の謎、お父さんが息子たちに聞かせる気の毒な「次郎君」の話、主義をつらぬくことを悩む作家、かつて子どもを救ったことのある大臣とその秘書官――彼らひとりひとりのエピソードがくるくる連なり、広がっていく。
「臆病は伝染する。そして、勇気も伝染する」

『超人』
『PK』で、居酒屋の男女の会話にでてきた「予知能力をもった殺人鬼」のお話。
誰かを殺そうとしている悪人を予知できるという本田青年。彼は先回りして、殺人が起きるまえに未来の殺人犯を殺している。この本田が大臣に救われた子どもで、その大臣は未来の殺人者で・・・?

『密使』
握手をすることで、その人の時間を6秒だけ盗むことができる「僕」と、謎めいた機関に招かれ、タイムパラドックスのレクチャーを受ける「私」。
「時間の流れを変化させることで世界の危機を救える」 その信念のもと、青木計測技師長は過去に「密使」を送りこもうとするが、そこにもうひとつの手がのびる。

いくつもの人生が連鎖して、繋がっていくさまがすごく気持ちのいい物語でした。
『密使』まで読んではじめて3編を結ぶゆるやかな糸が俯瞰できます。でも、『PK』が「密使」を送りこまれた世界で、『超人』は送りこまれなかった世界だということは分かるのだけど、このふたつの世界は果たしてパラレルワールドなのかしら・・・?SFの構造についてはちょっぴり腑に落ちない私です。
ただ、ある人の勇気が伝染し、それが新たな決断や信念を生み、子どもに明るい未来を信じさせ、彼らのおかげで世界は未曾有の危機を回避できる・・・のだとしたら、こんなすてきなことはないなぁと晴れやかな気持ちになりました。未来は明るいって信じたいし、私も勇気をだしてみたくなりました。
いつもあと一歩のところで、きゅっと引っこめてしまう勇気を。
Author: ことり
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『3652―伊坂幸太郎エッセイ集』 伊坂 幸太郎

デビュー作『オーデュボンの祈り』から、ちょうど10周年記念のエッセイ集。
「どうせなら、デビュー作が発売された日と同じ日付(奥付)で発売」することになったのだそうで、だから本のタイトルは10年ぶんの日数、『3652』。なるほど。

2000年から順を追って、2010年まで。伊坂さんが雑誌などでたびたび発表されてきたエッセイが、出版社の枠を超えて網羅されています。彼の小説にそのままでてきそうなおちゃめなお父さんのエピソード、偏愛する本や映画や音楽のお話、喫茶店でのゆかいなできごと、封印された小説のアイディア・・・伊坂さんってほんと温厚でやさしくて魅力的な方!そんな彼の性格がそのままにじみ出たような文章がうれしくて、にこにこしながら読んでしまいました。
さらなる裏ばなしが楽しめる、脚註のはみ出し解説も読みどころ。
「くだらないけど、愛しい。そんなオチの話が好き」という言葉にふんふんうなずき、「小説」は「音楽」の仲間だという考え方にすとんと納得し、『バイバイ、ブラックバード』のラストにユニコーンの「最後の日」が合う、というひと言に「ほんとうだ!」と思う・・・たくさんの共感と驚きがつまった、にぎやかなおもちゃ箱みたいな一冊でした。

大好きな伊坂さん。
これからもますますスリリングでチャーミングな小説を届けてほしいな。
だって私は、伊坂さんの本で「読書亡羊」したいから。


■ この本に出てきた読んでみたい本たち <読了メモは後日追記>
『槿(あさがお)』 古井 由吉
『叫び声』 大江 健三郎
『薔薇の名前』→読了 ウンベルト・エーコ
『エドウィン・マルハウス』→読了 スティーヴン・ミルハウザー
『フリアとシナリオライター』→読了 マリオ・バルガス=リョサ
Author: ことり
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『マリアビートル』 伊坂 幸太郎

評価:
伊坂 幸太郎
角川書店(角川グループパブリッシング)
¥ 1,680
(2010-09-23)

酒浸りの元殺し屋「木村」。狡猾な中学生「王子」。腕利きの二人組「蜜柑」「檸檬」。運の悪い殺し屋「七尾」。物騒な奴らを乗せた新幹線は、北を目指し疾走する!
『グラスホッパー』に続く、殺し屋たちの狂想曲。

正直、私は『グラスホッパー』があまり好みではなくて。
だからその続編であるこの本はおそるおそる読みはじめてしまったのですが・・・なにがちがったのでしょう、なにが変わったのでしょう。
物語の描かれ方なのか、それとも、私の感じ方のほうでしょうか。
なにはともあれ、とてもおもしろかったのです。

まさに疾風(はやて)のように駆け抜ける疾走感で、読み手を翻弄する先のみえないストーリー。
軽妙な会話と伏線の回収はもちろんキャラクターがものすごく立っているのですが、なんといっても憎たらしいのが、王子。殺し屋よりも邪悪で狡猾なこの中学生のせいで殺し屋たちの怖ろしさがかき消されてしまうほどなのです。「みんな騙されないで、このコの本性に早く気づいて!」なんて祈るように読み進めていました。
・・・あ、もしかしたら、私がこの本を楽しめた理由はそういうところにあるのかしら。
‘悪’であるはずの殺し屋たちが、息子思いだったり、仲間思いだったり、とことんツイていなかったり・・・とてもキュートに描かれていて、そんな描かれ方に心がすうっと自然に入り込めたのかもしれません。

このお話で私が一ばん好きだったのは、機関車トーマス好きの檸檬。相棒・蜜柑とのかけあいも最高におもしろくて、とぼけていて憎めなくて、大好き。憎まれ口ばかりきいていても、二人がほんとうはお互いを心底大切に思っていることがわかる場面、すごくよかったです。胸がきゅうっと熱くなりました。
ストーリーは私の願っているようにはぜんぜんすすんでくれなくて、ヤキモキしたり、しょんぼりしたり・・・でも読み手を裏切りつづけるこんな展開も、きっと‘伊坂ワールド’の魅力のひとつ。
ラストまで吸引力が衰えない、すぐれたエンターテイメント。おすすめです。

「俺は滅びねえぞ」 檸檬は口を尖らせる。
「滅びるさ。しかも一人で」
「死んでも俺は復活してやるよ」
Author: ことり
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『バイバイ、ブラックバード』 伊坂 幸太郎

主人公は、五股(!)をかけている、優柔不断を絵に描いたような星野一彦。
若者らしさと成熟した大人の雰囲気をあわせ持ち、いつのまにか女の人を惹きつけてしまう。こんなにもずるいのに、でもどこか憎めない天然系男子。
彼には多額の借金があるらしく、2週間後に<あのバス>に乗せられ、どこかおそろしい場所へつれて行かれることが決まっています。そこでお目付け役の巨漢女(身長180センチ・体重180キロ)繭美を偽りの婚約者に仕立て、5人の恋人たちにさよならの挨拶に行く――「あれも嘘だったわけね」から始まる別れ話のストーリー。

このお話について語るなら、まずは読み手までもグイグイと威圧してくる繭美の並みはずれたもの凄さ(ああ、なんと言えばいいやら・・・)。
なにもかもが規格外で、他人に屈辱を与えたり絶望を感じさせたりすることがなによりの快感、そんな繭美に嫌悪感をおぼえつつも読んでいくと、だんだん彼女のことが分かってくるのだから不思議です。もちろんけっしていい人ではないのだけれど、その‘生態’がだんだん見えてくるというのかな・・・それもまた伊坂さんの書き方の巧さなのでしょうね。
まるで怪獣のような繭美に相反するように、人のよい五股男・星野と、彼に惹かれた5人の恋人たちが魅力的に描かれています。私は3話めのロープの女の子・ユミちゃんが一ばん好き。こんな楽しいコがちかくにいたら、世界がちがって見えるだろうなあ・・・。あと、2話めに登場した海斗くんもかわいかった。

人を食ったようなありえない設定と、ぽんぽんはずむ洒脱な会話。
くすりと笑える場面がいたるところにちりばめられて、たくさんの伏線をつぎつぎ拾っていくのは心憎いほどに‘伊坂ワールド’。ほんのりセンチメンタルなぶぶんもにじませていて、それがまた素敵なのです。
「常識」とか「気遣い」とか「人助け」とかの単語がことごとく塗りつぶされた、繭美の小さな辞書には笑ってしまいました。
そしてなにより、繭美の人間らしい一面がちょこっとだけかいま見えるラストがいい。
・・・このあと、どうなったかな――・・・
Author: ことり
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『オー!ファーザー』 伊坂 幸太郎

評価:
伊坂 幸太郎
新潮社
¥ 1,680
(2010-03)

「由紀夫、一人っ子じゃなかったっけ?お母さんとお父さんと、三人じゃないの?」
「母親と父親と俺の、六人暮らし」
高校生の由紀夫には、なんとお父さんが4人!
みんなそろって、ひとつ屋根のしたに暮らしています。
由紀夫を身ごもったとき母の知代(ともよ)は四股をかけていて、知代にメロメロだった彼らは、全員が知代と結婚し、由紀夫の父になることを決めたのでした。

チンピラみたいな風体でギャンブル好きの鷹さん、
女の人をあっというまに虜にしてしまうプレイボーイの葵さん、
スポーツ万能の中学教師・勲さん、
思慮深く落ち着いていて、博学の悟さん。

お父さんは4人とも個性にあふれ、由紀夫を自分の息子と信じ(結果がこわいので、DNA鑑定はやらない主義)、心配し、干渉します。得意分野がそれぞれ異なる彼らが由紀夫にさずける格言めいたセリフたちの、いちいち恰好いいこと!
由紀夫はほんの少し冷めたところのあるフツーの男の子だけど、4人もの父親からたっぷりの愛とたくさんのいい影響をもらっているのが分かります。いつも不在の知代さんが、由紀夫と4人の夫たちをどこにいてもシッカリ愛していることも。
そしてこんなにも独創的で厄介な設定なのに、父親どうしがいがみ合う描写がひとつもでてこないのも素敵だったな〜・・・。父親たちひとりひとりが知代さんと由紀夫を思っていて、そんな同志でつながれた彼らは、愛する妻子を守るための‘共同体’なのでしょうね。4人がひとしく由紀夫の「父」であるところがとてもほほえましく、そしてうらやましくもあった私です。
物騒な事件に巻き込まれはするけれど、愛がいっぱいの家族小説。

あとがきには、これは『ゴールデンスランバー』以前に書かれたもので、伊坂さんの「第一期の最後の作品」だとありました。
新しいタイプのお話はたしかに読みたい。でも新しいものに挑戦しながら、時おりこんな痛快で爽やかなお話を書いてくれたら、私はうれしいです。
Author: ことり
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『SOSの猿』 伊坂 幸太郎

評価:
伊坂 幸太郎
中央公論新社
¥ 1,620
(2009-11-26)

誰かのSOS信号をキャッチするとどうにかしてあげたくなってしまう遠藤二郎が語る「私の話」と、ものごとの因果関係の糸をたどっていくためだけに存在する男・五十嵐真が主人公の「猿の話」。
二郎はひきこもり青年の悪魔祓いをたのまれ、五十嵐は一瞬にして300億円の損失をだした株誤発注事故の原因を調査する・・・いっけんまったく関係のなさそうなふたつのお話が交互に展開し、やがてまじわるストーリー。

「ほんとうに悪いのは誰なのか」「暴力はいつだって悪なのか」
悪霊とかユングとか、古代エジプトの女神がどうだとか、孫悟空の分身だとか・・・なにやら壮大でフワフワしたものたちがゆらめいているなかに、強い意志のこめられた問いかけがぽつん、ぽつん、と置かれています。
ふたつの世界が完ぺきにつながったとき・・・時間と空間がぐいっとねじれるような感覚が快感でした。コンビニコーラスの雁子(かりこ)さんたちと五十嵐が出逢う場面なんて最高に可笑しい。
・・・だけど、つながったのにぬぐい去れない、もやもやと残るもの。
「悪い部分と善い部分が混ざり合って、一人の人間になってるからね」
雁子さんの言葉がよみがえります。世の中の悪事はぜんぶ悪魔のせいにしてしまえたら救われるのに――もやもやの正体は、もしかしたらそんな思い?

いまも誰かがどこかで泣いているとして。
そこからどんどん因果関係をたどっていったら、誰かのほんの出来心やちょっとした偶然などが巡り巡ってその人を苦しめていて、誰かひとりだけが悪いわけではないのかもしれません。
猿の化身、しゃべる蠅、荒唐無稽な夢物語。
無意識の風景のなかにある、これは救いの物語。
「物語を考えることは、救いになるんですよ」とわたしは言う。言わされているのだろうか、という疑念は依然としてある。「たとえば、二度と会えない誰かが今どうしているのか、最後まで見届けられなかった現実がその後どうなったのか、そういった物語を想像してみると、救われることはあるんです」
Author: ことり
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『あるキング』 伊坂 幸太郎

評価:
伊坂 幸太郎
徳間書店
¥ 1,260
(2009-08-26)

おまえは王になるためにこの世に生まれてきた。
天才が同空間に存在するとき、周囲の人間は畏れ敬うのか、それとも――王になるべく運命づけられた男の物語。

プロ野球「仙醍キングス」の熱烈ファンの両親のもとで、野球選手になるべく育てられた天才少年・山田王求(おうく)。
王求の生まれる瞬間から、幼児期、少年期、青年期と追っていくストーリーは、ひとりの天才が生みだされていく過程、天才をとりまく人びとの困惑と畏れを描き出し、「この子にはこの先どんな人生が待っているんだろう」 そんな期待と不安の入り交じった思いに読み手を引き込んでいきます。

ところどころで現われる謎めいた存在たち――黒ずくめの3人の女、緑色の猛獣、最後で明かされるユニフォーム姿の男――が物語の世界をいびつにゆがめて、シェイクスピアをなぞらえた混沌と不穏な気配に心ごと囚われてしまったみたい。強い祈りはかならず通じる、そんな怖いくらいにまっすぐな信念にも。
どんどん狂気じみていく王求の両親と、純粋なのにどこか虚ろな王求。
‘野球の王様’について‘野球の神様’が語った伝記は、輝かしいけれどひどく孤独で、哀しいけれどとても力強いものでした。

「悲しみはどんどん、人から人へうつっていくわけ。不安や苦痛もね。
だけど、王様にはうつらないのよ。悲しみも苦しみも。」
Author: ことり
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